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苔のむすまで

ある夏の雨の日、人がほとんどいない日光東照宮を訪れた。恥ずかしながら初めての来訪で、その神殿の意匠のクオリティに驚かされた。あらゆるモチーフや意匠で埋め尽くされたその一つ一つが繊細かつ大胆で、あまりのスケールに言葉が出なかった。世界遺産であることにも大いに納得だった。

しかし今回の話の本題はもっと奥にある。 驚きながら、家康公が眠ると言う墓地に向けた階段を登っていった。作りの綺麗な長い石段であった。古くからの信仰も含めて、たくさんの人がここを歩いたのであろう、石段は擦り減ったり丸みを帯びたりしていた。先の神殿のような装飾性は一切なく、代わりに柔らかな苔が石壁を覆い尽くしている。先ほどまでの人智の髄を尽くしたようなパワフルなイメージとは打って変わって、ながい時の重なりを感じる、静けさに満ちた美しい場所だった。

その苔むした景色は、フラクタル的にアトリエが目指すジュエリーの姿とも重なった。人がいくら手をかけて完璧なものを作ろうとも、自然はながい時間という普遍の道具を使って、自然へ馴染ませようとする。そうしていくうちに自然と人工という境界線をなくした一つの調和を生み出す。私たちはこの景色のように、調和していく過程こそ最も美しいと思うのだ。

今季のBasicでも時間のデザインを探求することにした。手彫りによる細かい点や線を重ねていくことは、まさに小さな時間を記録する体験そのものだった。今季新たな仕上げの一手間を加えたら、古い石畳の隙間から草花が生えるように、ゴールドと素材たちが一つの自然なテクスチャとなった。そしてこれらが使ってもらう時間を経て、またいっそうの調和を生み出していく。その経過を何十年と楽しんでもらえたらと想像している。あわよくば、苔のむすまで。