'23 Autumn & Winter
LABO | Monotone diamond
モノクロームの深淵
カメラの手習いを始めた頃、腕を上げるにはモノクロ写真を撮ると良いと聞いた。写真の基本とされる構図や光と影の捉えようが、くっきりと現れるからだ。
いつもの風景から色を消すこと。それは新鮮な驚きをもたらすだけではない。今まで気が付かなかったものが目に留まり、見慣れた絵の中に新たな秩序をも見つけることができる。
日常がささやかな美に彩られていると分かると、今を愛おしく、自身の感性やこれまでに過ごした時を誇らしくも感じられる。そこには人の生きる歓びがあるというものだ。
アトリエには、これまでに収集したダイヤモンドのピースを収めた小箱がある。折々、心に触れる美しさを求めていくと本当に一つ一つが不揃いになっていく。
この中に、うっすらとした白や灰色、粒子のような黒を内包したダイヤがいくつかある。クリアやブラウンでもない、無彩色のダイヤ。そのおもねらない個性が、冴え冴えとした耀きと相まって目を引いた。
集った時期はそれぞれ違えど今ふたたびと、ためつすがめつ覗き込めば、それらは言葉少なに語り出す。ルーペには内包物や反射する光の明暗によるグラデーションが細やかに映し出され、水墨画における五彩のように豊かな濃淡を醸していた。
静寂の深淵から垣間見る繊細なモノクロームに、ダイヤモンドという素材の妙味をまた一つ知る。私たちは、手の中の小さな宇宙にしばし魅入られた。
谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』の中で示唆に富んだ言葉を残している。
”美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある”
無彩色のダイヤに感じた美しさも、陰翳のあやと呼べるのかもしれない。その気付きを無下にしないよう、古典的な技法や意匠を削ぎ落としたフォルムに研き上げ、光と翳りの調和を求めて丁寧に仕上げていった。
かくして無彩色のダイヤを引き立てたコレクションは、ダイヤに持たれるオーソドックスな印象とは全く異なる角度の魅力に光を当てている。私たちはすぐ傍にある美しさについて、その機微を分かち合える土壌に育ち、文化としてそれを受け継いできた。多くを語らずとも、このコレクションにも無の中に有を見るかのごとく日本的あるいは東洋的な豊かさを感じ取って頂ければ幸いだ。
これらのピースが、今を生きる女性の日常に静かな彩りをもたらすことを願って。