BESPOKE
12│珊瑚は桃畑の夢をみる
依頼者 ── 希梨さん 三重県在住
装身具 ── 祖母の珊瑚の指輪
素材 ── 珊瑚、シルバー
希梨さんは、お祖母様から譲られた珊瑚の指輪を持ち込まれた。お祖母様は希梨さんが中学一年生の冬、希梨さんのお誕生日の翌日に亡くなられた。存在も知らなかったその指輪は、後に希梨さんのお母様に引き継がれ、彼女の手元へと巡ってきた。
他のいとこたちに比べて物静かな少女だった希梨さんは、祖母によく可愛がられた。お友達とのお茶会や親戚の集まる場に、幼い希梨さんを連れていくことも多かった。細かな話の内容こそ覚えてはいないが、大人の話は幼い子供にとって新鮮な驚きばかりだった。祖母たちの会話から、自然と戦争の話や歴史小説の存在に触れた。歴史や文化に対する興味を持つ土壌が静かに育まれた時間だった。
成人し、祖母も母も好きであった舞台芸術にまつわる仕事に就いた希梨さんだったが、二〇一一年三月、福島から通っていた宮城で被災する。勤め先の宮城へ居を移すことも検討したが、家族と離れることはできなかった。被害の大きかったエリアに暮らしていた祖母の妹にあたる大叔母夫婦が、希梨さんの実家へ避難してきた。親しんだ土地を離れた老夫婦の「あの町に帰りたい」という痛切な声が、希梨さんの胸を打った。親戚が集まって催される宴会。おばあちゃんの着物をドレスがわりにした着替えっこ。そして、祖母の家に向かう時に眺めた桃畑の景色が好きだったことも思い出した。地元に対して強い思い入れはない−−そう思っていたが、あの記憶の景色を失うことへの寂しさを強く感じた。
震災後、能楽に出会い直したことも大きかった。岩手の中尊寺の演目中、舞台に自然のスポットライトとして夕陽が差した景色を見たとき、芸能が今日まで人の肉体から肉体へ伝え続けて、この光景を残していることに強い感動を覚えた。古今に忘れたくない景色がたくさんある。全く異なる体験の中で得た大切な気づきだった。
その後、希梨さんは転職をきっかけに社会人学生となった。仕事で環境問題について踏み込むほどに、もともとの興味だった“アートと科学の融合”について深く考えたいと思いが強まったからだ。そして、研究の中で出会ったサンゴ研究の第一人者である教授から、「サンゴは記憶装置」だと教わる。生物と無生物の間を生きるサンゴは、生まれ落ちた海底で動かず、その土地の時間を記録し続ける。サンゴを読むことで過去に何があったかを知ることができるという。その不思議な生態や研究に感銘を受けた彼女は、いつかサンゴを"シテ"(能における主役)とする能楽が作れないかと、夢を膨らませている。
サンゴが記憶装置であるのなら、持ち込まれた桃色の珊瑚にも、彼女が小さな頃に見た祖母のいた福島の桃畑の景色も刻まれているに違いない。パーソナルな記憶の中にも、文化という大きな文脈の中にも、忘れたくない景色がある。希梨さんは研究を通じて、残された景色を引き継ぐように奔走している。そうした日々もまた、譲り受けた珊瑚の指輪に記憶されていくのだろう。