ひと坪の庭

2026.04.23

こんにちは。アトリエの五十畑です。
すっかり朗らかな時間が増え、OPENDAY最後の週末のサロンでは「暑い」とおっしゃるお客様もいるくらい、東京では初夏の気配が漂い始めました。

今年もめでたく、アトリエの庭のモッコウバラが満開となりました。あわせてコデマリや藤の花も。私たちのアトリエはとても陽当たりがよく、特に地植えのモッコウバラは水を得た魚のようにすくすくと大きく枝を伸ばし、前の年の花付きを毎年超えてくれています。私は決して几帳面なタイプではないのですが、庭の世話をしている時間はなんとも満たされた気持ちになります。

植物たちは、天塩にかければその愛情に応えるかのように立派に花をつけてくれたり、ダメにしてしまった.......と諦めかけていても、いつの間にか新芽を出して驚かせてくれたり、大変に喜ばせ上手な生きものだと思います。その逞しさやおおらかさ、美しさに、いつしかこちらが励まされている。イギリスの作家が「庭いじりは、子供を生むこと以外でいちばん楽天的で、希望にあふれたこと」と残したそうで、然もありなん、と頷きました。

私が長く住んでいた実家に一坪ほどの庭があり、母はその小さな庭を大事にしていました。バラに紫陽花、沈丁花、ラベンダー、チューリップ、ミモザ……。ホームセンターで買ったヒメリンゴの樹を植えて、小さな実がなるのを心待ちにしていたこともよく覚えています。

初年以降、りんごの実がなることはなかったのですが、白い可憐な花を咲かせるたびに初夏の爽やかさを教えてくれました。当時飼っていた猫が唯一起こした家出事件は、沈丁花の株の下で無事ご用。時間をかけて大きく育ったミモザは台風の中で根本から折れてしまって、母が別れを惜しんで泣いていたのを覚えています。幼い頃はわからなかったけど、今の自分なら同じく泣くだろう。もっと草むしりだって手伝えばよかった。

今は実家も引っ越してしまって、あの庭がどうなったのかは全く分かりません。けれど私にとって「庭」というのは永遠に記憶の楽園。土をいじり、草花を摘み、移ろう季節や人を見送る。その循環の中で記憶が醸成されていくのを、いつだって楽しみにしているのです。

それでは、また。