十万年目の貝拾い

2026.05.07

こんにちは。アトリエの杉野です。
ゴールデンウィークはsalonと神戸キャラバン、お越しくださった皆様ありがとうございました。神戸の方は初めての開催場所にお邪魔しましたが、たくさんの方にお運びいただきました。東京は心配していた雨も降らず、気持ちの良いお天気でした。さまざまな節目に思いを寄せてお選びいただいた品々、大切にお作りいたしますね。

さて5月から少し遡り、柔らかな空気にいよいよ春を感じ始めた頃のこと。陽気に誘われ、海辺の街へ出掛けました。昔とても綺麗な桜貝を拾ったことを思い出し、そこへ行けばまた見つかるだろうかという、気まぐれの小旅行。

 

当時の記憶を頼りに、浜辺へと降り立ちました。波打ち際に近づくにつれて、大小のこまごまとした貝や欠片がひとまとまりに溜まっている場所が出てきます。波が引くたびに新たな漂着物が、まっさらな浜辺にぽつりぽつりと影を置き、それらをしゃがんでは手に取って確かめていきます。

砂浜では目立つだろう桜貝には、いくら歩いても出会えない。それでも、どれも似ているようで少しずつ違っている貝たちにどこか渋さと可愛げを感じつつ、さまざまな一期一会を楽しんでいたところ、長い海岸の端まで歩いてしまうくらいにはすっかり楽しんでいました。

結局その日、再び桜貝を拾うことは叶わずじまいでしたが、それとは違って、骨のようになった巻き貝に惹かれて持ち帰りました。
気の遠くなるような長い時間、波に洗われ辿りついたこの姿。多分、昔ここに来た時はこういった貝が完全に視界から外れていて、見つからなかったんだと思います。柔らかな風化の具合が手触りにも心地よく、気に入ってしばらく手の中で転がしたりしながら、面白いなぁと眺めてしまいました。

人は、食べるためではなく美しさを理由とした貝拾いを、大昔から続けているといいます。私の貝拾いは、人類およそ10万年目の貝拾いにあたるということです。けれど、あまりにも遠い話のはずなのに、こうして浜辺でしゃがんでは立って......と同じ動きをしていたのだと想像すると、長い時間が巻き戻されたか進んだかのような、どこか可笑しな気分に包まれます。大昔の人たちは、どんな貝を拾っていたのだろう。

また書きますね。