一枚の絵が目に留まりました。スークで地面に腰をおろし、籠に盛った柘榴を売る少女。フランスの画家ブグローが描いたものです。この少女を描いたポートレートもあり、柘榴を手にした彼女のはっきりとした黒い眉と眼差しがとても美しいものでした。
柘榴に因んでいることもあり、この少女の逞しさがガーネットの赤と重なりました。ラピスラズリと同じく、人類が出会った石の中で最も古い部類にあるガーネット。大洪水の中でノアの方舟の灯火となったという伝説や、戦地に赴く兵たちのお守りだったという逸話も残っています。
同じく赤い石であるルビーと比べて、ガーネットには自然の中にある色彩を感じます。ルビーの色も自然でない訳ではありませんが、あの鮮烈な赤やチェリー・ピンクはまるで夢か魔法のような、非日常的な魅力があるともいえましょう。対してガーネットは、ずっと落ち着いた印象に映ります。
“柘榴石”という和名を持つように、こくの深い赤色は私たちの身近にある草木の彩りに近しく、親しみの湧く色合いです。すぐそばにあるものにも皆それぞれの美しさがあり、非日常の出逢いでなくとも、遍く尊いものだと思います。
カット技術が未成熟な時代、宝石は主に半球状の「カボションカット」に磨り出されました。ガーネットをそのようにしたジュエリーも数多く残されています。まさに柘榴の実のように、艶やかな赤の粒です。カットしても美しい石であることには間違いありませんが、古くから愛されてきた形を残す使い方がガーネットらしいと感じています。
19世紀には考古学の発展から古代のジュエリーが注目され、失われた技法の研究とともにガーネットも好んで用いられたようです。ガーネットの赤はゴールドの黄金色によく映えます。装飾はリバイバル様式のディテールに倣い、極細の金線を手撚りしたものを用いています。そして全体をシンプルで滑らかなフォルムに磨き上げていくと、思いがけずプリミティブな面影が現れました。
また、私たちのガーネットには"隠し味"が存在します。覗き込んでみると蜜のような内包物が現れ、これはややオレンジがかった"ヘソナイト"と呼ばれる種のガーネットに見られるものです。
それでもガーネットは、他のきらびやかな宝石や珍しい模様の入った鉱物がもてはやされているこの頃では、少し埃を被った存在かもしれません。ですが、煌々と闇を照らす赤い灯火は今も私たちのそばにあり、その美しさが大昔から愛されてきたものだと思い出してもらえたら嬉しいです。あの意思ある眼差しのように、ガーネットの深い赤も必ず見る者の印象に残るはずです。
ちなみに冒頭のブグローが描いた少女は、柘榴を手にしているみならず、赤い石のついた耳飾りも身に着けています。時代背景も併せて推察すると、彼女にとって装身具は自らの力で得た財であると同時に民族のアイデンティティです。ジュエリーの表すものがなんであるかを、歴史の狭間から鋭く示されたような気がしてなりません。