BESPOKE

09│母と娘の眼差し

依頼者 ── M.Tさん 女性 神奈川県
装身具 ── 母のオパールのネックレス
素材 ── オパール(ダブレット)、Silver(K18GP)

Tさんは丁寧に言葉を紡ぐ女性だ。それは決して口数が少ないというものではなく、自分の感じるものをきちんと見つめてから言葉にするといったニュアンスで、内なる意志の強さを感じさせる人だった。この日、Tさんが10年近く前にmederuで仕立てたネックレスを着けてきてくださった。10年も歳を重ねていくと好みが変わるのも決して不思議ではないが、おそらく昔から、自身とまっすぐ向き合う眼差しがあるのだろう。

爽やかな水色に母らしさを感じて、とTさんが持ち込まれたのはオパールのネックレスだった。お母様は数年前に他界された。お父様から鏡台の中は好きにして良いと言われ、開けてみるとダイヤの婚約指輪と一緒に仕舞われていたそうだ。オパールは、ダイヤモンドやエメラルドに並んで昭和のジュエリーに多く登場する素材だ。しかしそれらの多くがある種の宝石然とした煌びやかなものとして選ばれているのに比べ、Tさんのオパールはもっと淡くさりげないものだった。結婚指輪も含めて何か着けていた記憶がないというお話からも、宝石の価値で選ばれたものではないのだろうと感じる。絵本に出てくるような宝石。そんな無垢な存在感だった。実はTさん自身、このピースが本物の宝石なのかすら分からず、ダイヤの婚約指輪とお直しを迷われていた。けれど、そのピースに感じる”母らしさ”は、宝石の価値以上に代えがきかないと考えていることを伝えると、Tさんは迷わずこのオパールでの仕立て直しを決められた。それくらい母らしいものだった。

Tさんとお母様との思い出の品をお持ち頂いた。その中で印象的だったのは『ピーターラビット』の全集だ。背表紙が白く褪せ、かなりの時間の経過を感じさせる。それもそのはず、お母様がご結婚前から持っていたそうだ。お母様は農家の生まれだった。ピーターラビットの世界が綴る自然の豊かさや怖さ、小さきものが生きることの尊さは、お母様にとって小さな頃から通ずるものであったのかもしれない。実はTさん自身はこの絵本を読み聞かせてもらった覚えは少ないそうだ。Tさんの幼い頃のお話を聞く限り、この全集はお母様にとってのバイブルだったのではないかと思えてくる。物語のピーターがいたずらっ子だったように、子供たちには自由にのびやかに、自らの目で世界を知り身体で感じてほしい。そんな母の静かな眼差しがこの中に眠っているように思えるのだ。

Tさんは母と自分は違う性格だと語るが、その優しい眼差しに見守られながら歳を重ねたTさんの中には、自分の目を信じるという確かな意志が根付いている。そのTさんの眼差しがなければ、この本物か定かではなかったオパールのピースは今後も日の目を見ることはなかったかもしれない。最終的にこのピースは、オパールとクリスタルの張り合わせであることが分かる。宝石の名前や流行は一つのラベルに過ぎないことを感じるお直しであった。母の眼差しと、娘の眼差し。それらを浮かべたオパールは、とても爽やかで美しいものだった。