'24 Spring & Summer

LABO | Jade

翡翠という風景

私たちの物作りは旅に似ている。出かけてみると思いがけない出会いに恵まれることもあるし、すぐ近くに素晴らしい魅力が眠っていることに気づくことだってある。そうして心に残った美しさを思い出すことが、私たちにとってものを作ることである。

今季、私たちが選んだ翡翠は緑と白とが複雑に混じり合った原石である。3回ほど私たちが取りあげてきた翡翠の中では、最も表情が不揃いで透明感も少ない。現代は翡翠に対し、多くの人が艶めく緑色の宝石としての印象を抱いているかもしれないが、それと比較するといわば"野のまま"の翡翠といいたくなるような佇まいだ。それを見た時、力強く繊細で美しいと思った。

今回のような斑(ふ)入りの翡翠の原石を見ると、日本画家である東山魁夷の風景画を思い出す。魁夷の絵を見ると自然と「癒される」と感じる。絵画に対してはやや陳腐な感想にも思えるのだが、魁夷の絵には明確に安らぎを感じる自分がいる。不思議に思って魁夷の残したエッセイなどを読み進めていくうちに、その理由が少しずつ分かってきた。彼は「風景は心の鏡である」と説いている。感受性豊かな幼い時に過ごした、瀬戸内の海や山に抱いた親しみや安息は、終生彼の心の奥底に響いていたし、画家になることを決心した少年期に出かけた山国の、素朴かつ力強い父性のような自然もまた、彼にとって強烈な記憶だった。そうした心を映し描く風景は、魁夷の心象でもあると同時に、同じ風土に生きる私たちの記憶も呼び覚ます。絵画を通じて、自然と一体になったあの感覚を思い出しているのだ。

同じようにこの斑入りの翡翠が見せてくれる景色もまた、日本の自然の豊かな心地を思い出させてくれる。緑の豊かな色調や、土の匂いも混じった風の匂い、霞がかった山並みの静けさ。この風土で生きて知らぬ間に積み重ねたあらゆる記憶が、この原石には映し出されているように思える。はるか昔、古代の人たちもこうした自然の味わい豊かな翡翠をいかして美しい彫刻品などを生み出していた。それが自然への眼差しだったとするならば、過去の人々から私たちまで、感受性のバトンが繋がっているのではないだろうか。この先の時代に残していけるように、形にしておきたいと思った。

物作りが旅だとすると、今回私たちは翡翠という街に旅に出た。そして、完璧に磨きあげられた都市のような宝石としての翡翠ではなく、素朴さと力強さが残る美しい野山のような、自然としての翡翠という里があったことを思い出した。それは私たち日本の人たちが受け継ぎ続けている自然への眼差しでもあり、美しさの源泉でもあるだろう。翡翠という風景は、私たちの心のふるさとを教えてくれている。

'24 Spring & Summer

LABO | Jade

LOOKBOOK

爽やかな薄緑に白い斑が入ったような翡翠原石を選び、一つずつ異なる景色をいかして仕立てた一点もののコレクションです。自然味の豊かな翡翠の表情を丁寧に引き出しながら、一体感のあるシルエットの中へと丁寧な手仕事によって落とし込み、クラシックでありながらモダンな、味わいと洗練を両立させています。数ある石の中でもその内部を"読む"ことが難しいと言われる翡翠が持つ、繊細で豊かな美しさを感じて頂ければ幸いです。

Release:2024 3.9~('24SS限定受注)
Price:98,000~