Product Journey
あわいの景色
私たちにとって瑪瑙とはすぐそばにある美しさに気づかせてくれるものだ。
今季使っている瑪瑙の原石は、アフリカのごく一部地域で採れる小さな原石。瑪瑙はあらゆる場所で採れ、その土地の地層を表すような縞の積層が特徴とされる。ダイナミックな縞模様が多い中、今回出会った原石は縞模様がとても細かく、グラデーションを描くように繊細な積層をしている。生まれは遠いアフリカでも、その柔らかな表情は日本の春先の光や空気と重なるように思えた。小さな原石からこのグラデーションを切り出せる数には限りがあるし、その中でも同じ表情はない。切り出すほどに、同じ景色は二つとないことをしみじみと感じる。
瑪瑙を見ていると、瀬戸内で見たある版画を思い出す。"海に浮かんだ一隻の船"という同じ版を使い、背景のグラデーションや色の重ね摺りによって様々な時間の「あわい」を描いた連作の作品だった。作者は吉田博という日本の画家。各地を旅し自然を愛した彼は、何十にも重ねた多色摺りによって風景に流れる大気や光を描いた人だった。瀬戸内で見た連作は特に、同じような景色の中にも光や時間の移ろいがあり、その一つ一つに丁寧に目を向けるだけでもあまりに豊かであると教えてくれる。
思えば瑪瑙は私たちの素材探求の原点とも言える素材だ。石の研磨彫刻を任せている2代続く工房は、仏像などの彫像を彫り出すための大きな原石を何十年と集め続けている。工房にゴロゴロ転がる原石の中には、現代はほとんど見向きされない石もあり、その中の一つが瑪瑙だった。新しいとか珍しいものを探すのではなく、すでにそばにある美しさに気づくだけで、十分に満たされることを感じさせてくれた。私たちが初めて瑪瑙を使ったのは7年ほど前になるが、あれ以来、私たちは「懐かしくて、美しい」ものとの出合いを続けている。
今季は受注生産のために選んだ原石とは別に、7年前からアトリエが集めたあらゆる土地の瑪瑙のピースも使っている。これは原石がないので、このピースがなくなったら終わりの1点もの。それらにはまた別の“あわい”の景色が描かれている。7年前まで私たちにとっての瑪瑙がそうであったように、気づかずに通り過ぎている美しさもきっとたくさんあるのだろう。瑪瑙のコレクションを通じて、すぐそばにある美しさに丁寧に目を向けることのきっかけとなれるのなら嬉しく思う。